CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017 を振り返る

本展は工房親で20年以上に渡り企されけられた写真や映像を中心に風景をテマにした展覧会です。

今回はPart-1とPart-2の構成でした。

特に今回は絵画写真比させ、方の特質を引き出し、風景表現の異なりにも調和の空間を生み出そうとしました。

 

Part-1では家の山神氏と写真家の西山氏、Part-2では家の鬼頭氏と写真家の大塚氏の組み合わせでした。

いかにも写真らしい西山氏の光を捉えた作品はオソドックスながらその美しさをし出していました。それにし、物を軸とした心象風景の山神氏のさりげなさにある深さと絵画特有なハモニが際立ちました。

 

 

西山功一

 

 

山神

 

 

作者のルツを見て取れた鬼頭氏の絵画世界の展開も豊なものでした。

素朴な描法にせて、現の場を精神の場に昇華させていました。

山神氏と鬼頭氏の絵画から、者の原風景として位置付けることが出る要素をく感じとれます。

大塚氏の写真、今回は氏の他の写真表現にあってもスタンダドなスタイルではありましたが、作者と風景と場とのわりに本展のサブタイトルであるself-scapeを具現していました。一見、あっけらかんとしているかに見える写真画面、注視すれば、そのこだわりと技術力の高さをみてとれました。

 

 

鬼頭明稚

 

 

大塚勉

 

 

覧会全体ではそれぞれの原風景と呼ぶにふさわしい要素がそれぞれのカタチとしてあぶり出された感があります。

これは革新や前衛の斬新さやエネルギとは別ながら、やはり今後の風景表現の核をなしけることになると思います。

 

トディレクタ クボタタケオ

写真 上野さえ加〕


CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017 Part-2 鬼頭明稚インタビュー

CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017 Part-2

 

 

 

 

今回は鬼頭氏への質問です。

 

 

 

 

 

☀写真との比を通して風景表現を示す企ですが、本展への加への思いはどうでしたか?

 

絵画制作に写真をよく使いますので、企のお話をいただいたときは比軸をどうしたらいいのか迷っていました。今回はモティフにする具体的な風景がまず決まり、次に使用する材の選がありました。そんな中で絵画表現の特的な部分を前面に出そうと考えました。支持体の組立から始まり具によるを終えるまでのあいだに面と共有している時間に心を集中していました。

 

 

 

 

この展覧会の作品には旺盛な制作意欲が感じとれますが、なにかそのきっかけとなること等がありましたか?

 

大したきっかけではありませんが、今回の展示スペスに見合う大きさの作品を制作するため、自宅のスタジオを整理しました。制作環境がわると不思議と意欲が湧くものです。また、新たな試みとしてゴルデン社の「オプンアクリル」(乾きがいアクリル具)を使用しました。実験的な作業というのも制作意欲をかき立ててくれます。

 

 

最近の作品の傾向とは異なる風景の意識がく前面に出てていますね。

自身の作品への思いは?

 

傾向は昔からコロコロわっていくんですよ。周の冷たい視線を感じてもこの傾向はわらないですね。なぜそうなのか自分でもよくわからないです。直前までやっていたことにして情熱が湧かないとか、執着出ないとか。何事してもはかなんでしょうね。風景の意識という点ですが、今回の企に沿う作品にすべく自分のルツとなった景色を「風景」として描くことを選びました。

 

 

 

 

そんな中にあって、1点がまったく傾向が違うのですが、その意とはなんですか?

 

 

的にそうしたわけではなく、制作過程でそうなってしまいました。を描くときどこにピントを合わせるのかいつもになります。今回、使用した基底材が原因で1点だけ絵具の筆く出る結果になりました。この作品の表現がに入らなかったので、他3点は基底材をえました。

 

 

この作品に描かれている風景と作者とのわりについて語ってください。

 

3年から大で上京するまで過ごした故の風景です。愛知県知多郡東浦町にある乾坤院(昨年全し消失)の裏山のはずれのすり鉢の傾斜地に暮らしていました。自宅前にがる木林は、時「もやしっ子」だった少年の友達でした。「すべる池の」は、地すべりで池の中に滑り落ちたの大木がモチフになっています。現在、池は干上がってしまいましたが、年花をかせています。「地の裏の天」は、乾坤院のお地さまの裏手に作った鬼頭家の飼い犬猫の墓をモチフにしています。犬は番犬として敷地の彼方此方で飼っていて、「下った先のコンクリト」にその中の2箇所が描かれています。前述のの付近でも祖母の代の番犬が飼われていたそうです。「小高い丘の枯葉」は、現在の家の庭を描いています。

 

 

 

 

現代絵画として、今後どのな風景表現が展開されていくと思いますか?

鬼頭さん自身、自分の絵画世界にも風景継続させるつもりはありますか?

 

現代の絵画表現は大すぎて自分の理解を超えているので、今後の展開については若い世代にります。個人的には制作意のところで申し上げたように、絵画表現上の「ピントの合い方」がになっています。言い方が正しいのかどうかわかりませんが、それは最初に申し上げた「心を集中する」方法なのかもしれません。自分の絵画世界のなかで描かれる形象の一つとして風景いていきます。

 

 

 

 

 

風景表現された場所とのわりが良いですね。

 場所作者゠絵画の一体感を受けとれます。

 

トディレクタ クボタタケオ

写真 上野さえ加〕


CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017 Part-2 大塚勉インタビュー

CORRESPONDENCE/LANDSCAPE 017 Part-2

 

 

 

 

今回は大塚氏への質問です。

 

 

 

  ト1にき、本展は絵画写真比を通して現代風景表現の在り方見る企です。

   この企画参加への思いはどうでしたか?

 

今回の企加して、改めて絵画の風景表現のがりと深さを感じました。

具の選、ギャンバスの大きさの選象への向き合い方など、新しいメディアである写真とは違うアプロチの仕方など、改めて考になりました。絵画の長い史にして、新しいメディアである写真は、風景をカメラを通じて機械的に記するという、違いがはあるものの象への向き合い方など重なる所もあり、互いに未知の可能性を含んだ表現メディアと考えています。

 

 

 

 

  本展の作品には、一貫した場所への興味や対応が見られますが、これらの場所と作者との係性や接点とはなんですか?

 

 私が生まれた浦安は、東京周に位置した場所にあり近年、大きな貌をとげた町です。私が、写真学校を卒業した1970年代、最初に撮り始めた風景が埋立地で、その後、しばらく撮影はしてませんでしたが、東日本大震災(2011年)で浦安市の液化した土を集めた埋立地の場所から、東京ディズニランドを撮影後、埋め立てのきっかけとなった、本州製紙江川工場「い水」事件現場跡(現、王子製紙江川工場)などを撮影するになりました。

 

 

 

  作品展示の際、その順番にもこだわりがあるように見えましたが……それは時間的な要因ですか?あるいは別の要素があるのですか?

 

今回の展示は、液化した土の土置場のある埋立地(ディズニランド沖)と、その一年後の写真を展示する事で、時間の過を表現する事から始まり、次に下流域(富士見周)から上流域(妙見島)に場所が移動して行く事で、過去の出(本州製紙江川工場「い水」事件)にって行く視点で構成しています。

 

 

 

 

  作品のサイズは2種類あります、その意とはなんでしょうか?

 

東京ディズニランドが今回の展示のテマのメインと考え大きくしました。その他は統一感を考慮して同一サイズにしました。

 

 

 

  作品のタイトルについて話してください。

   またプリントの種類も語ってください。

 

漂流域というタイトルは川下流域に位置する、浦安の街の遷を表した言葉です。

今回はインクジェットプリントで制作しました。

 

 

 

 

  大塚さんの多彩な作品世界にあって、今回の風景表現には福島シリズとは異なるストレトでオソドックスな一面が見受けられます。

   身体性を軸とした自身の表現世界の中ではどんな位置付けですか?

 

福島シリズとの違いは、生まれ育った町への個人的な思いや、70年代に撮影していた、過去の埋立地の風景と現在の風景のイメジを重ね合わせながら、撮影した事などが、以前とは異なる表現になっていると思います。又、身体もい意味で風景の一部を構成している要素と考えています。

 

 

 

 

 

  一見、淡とした今回の風景表現にも氏の眼差しや思いがしっかりと定着されていました。

 

 

 

トディレクタ クボタタケオ

写真 上野さえ加〕


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