「マトハフ・アラブ近代美術館」レポート

いつもカタールの現地情報を寄せて下さるアーティスト・さいとううららさんから

今回はミュージアムレポートを寄せていただきましたので2週に渡って紹介いたします!

 

今回は「マトハフ・アラブ近代美術館」についてです。

 

昨年はドーハにある「イスラム美術館」や、現地の文化「ラマダーン月」について紹介いたしました。

では、アラブ世界を堪能いたしましょう。

 

▼イスラム美術館

http://kobochika.jugem.jp/?day=20180504

 

▼現地レポート「ドーハのラマダーン月」

http://kobochika.jugem.jp/?eid=469

 

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Mathaf: Arab Museum of Modern Artへ行ってきました。

 

Mathaf: Arab Museum of Modern Art
http://www.mathaf.org.qa/

 

こちらは近現代の作品が中心の美術館で、今回は4つの展覧会が同時に開催、さらにコレクションも展示されおり、とても盛り沢山でした。

 

【Mounira Al Solh: I strongly believe in our right to be frivolous】
Mounira Al Solhという映画監督の展覧会。様々な顔が描かれた魅力的なドローイングが並ぶインスタレーションなど、監督の表現世界の広さが感じられる展覧会でした。
http://www.mathaf.org.qa/en/mounira-al-solh

 

【Revolution Generations】
現代アラブのアーティストたちの表現世界の流れがわかる展覧会。美術館に入ってすぐに目に飛び込んできたAmal Kenawyの作品に衝撃を受けました。

 


Amal Kenawy
'The Silent Multitudes', 2010, Multimedia installation, 300 x 600 x 400 cm.
ガスタンクで囲んだ空間の中で、ガスタンクがひたすら蹴飛ばされる映像が流れる。

 

1974年生まれのこの作家が、すでに亡くなっていることに、さらにショックを受けましたが、とりあえず、この作品を観ることが出来てよかったです。
http://www.mathaf.org.qa/en/revolution-generations

 

 

【Fateh al-Moudarres: Colour, Extensity and Sense】
シリアの現代アーティストFateh Al-Moudarresの展覧会。ドーハのミュージアムたちは、現在シリアを取り上げた展覧会をそれぞれに行っており、こちらはその一環のようでした。
http://www.mathaf.org.qa/en/fateh-al-moudarres

 

 

【Jassim Zaini: Representation and Abstraction】
カタールの画家Jassim Zainiの展覧会。
表現の中での戦いと、作家を取り巻く時代の変化を取り上げた、とても興味深い展覧会でした。
http://www.mathaf.org.qa/en/jassim-zaini

 

 

今回の展覧会の無料冊子。作品写真や解説も付いていて、さらに英語部とアラビア語部がついている。

小さな冊子だが、とても立派なもの。

 

 

 

こちらの美術館の建物は、昼はプレハブのような無機質な印象に対して、夜は照明による光の城のような不思議な印象。昼間の外観と夜の外観がダイナミックに変化する、建物としてもとても興味深い美術館でした。

 


美術館外観:昼
建設途中の工事現場のような、簡素な印象の正面。

 

 

美術館外観:夜
日が暮れると、照明によってスケルトンで不思議な印象に。

 

 

アラブ世界の現代美術に興味がある方にはぜひオススメです。

 

Mathaf: Arab Museum of Modern Art
http://www.mathaf.org.qa/

 

さいとううらら

 

 

 


《 遠 / 近景 》福室みずほ (仏蘭西厨房 かえりやま) 

今週、東京は雨模様で少し冷え込むこともありましたが

桜の開花予測も始まり春はもうすぐそこにやって来ています。

 

今回は春の訪れをも感じさせる展示「 福室みずほ 《 遠 / 近景 》」を作家コメント共に紹介いたします。

4月27日(土)まで、溜池山王近くの仏蘭西レストラン「かえりやま」にて開催しております。

お食事とアートをご堪能いただけたらと思います。

 

 

福室みずほ 《 遠 / 近景 》
会期 | 1月7日(月) - 4月27日(土)
会場 | 仏蘭西レストラン「かえりやま」 
住所 | 東京都港区赤坂2-12-11 シャルマン赤坂 1F
TEL | 03-3583-5610
アクセス | 銀座線溜池山王駅 徒歩1分 
定休日 | 日曜日・祝祭日
website | http://french-kaeriyama.com 

【Lunch Time】 11:30〜14:00(L.O 14:00) 
【Dinner Time】 18:00〜21:30(L.O 21:30) 

 

▼展示詳細ページ

http://www.kobochika.com/homepage/html/kaeriyama_20190111.html

 

 

 

*********

 

個展に寄せて

 

現在フランス料理店・かえりやまにて開催中の個展「遠/近景」では小品を中心に17点を展示しております。


「watershed」という抽象画のシリーズ、そして「forground」と題する花を描いたシリーズを合わせて展示しています。

 

▼watershed  41×32cm  パネルにキャンバス、アクリル、顔料インク

 

 

 

 

▼forground 23×23cm   水彩画、透明水彩、色鉛筆、鉛筆

 

 

 

初めてレストランへ伺った時、様々な種類の明るさが存在する空間だとまず感じました。入口付近は自然光が明るく差し込み、奥へ進むとすこし暗い室内を暖色の明が照らし、個室は特別に静かな印象でした。また、壁に設えられた鏡が光を反射してとても華やかに感じました。

 

▼入口付近

 

▼店内奥


この様々な光の下で見られるということを一番に考えて作品を選択していきました。明るい自然光のあたる壁の高いところには微妙な色のグラデーションの重なりやインクのにじみが美しいものを、奥のほの明かりでは線やシルエットがはっきりした作品を、強いスポットの下ではその光に負けないような強い色のコントラストの作品を意識して選びました。

 

▼個室


小さめの作品を選んだのは、こちらでお食事を頂いたとき、お料理の盛り付けがとてもシンプルで、その美しいお料理やテーブルに飾られた小さな花束を邪魔しないような存在で展示しようと考えたからです。

 

▼鏡と共に。


「watershed」は「分水嶺」を意味する言葉です。目に見えない遠い場所で起こる自然の営み・システムへの興味から数年前から制作を続けている抽象画のシリーズです。主にアクリルと顔料インクで描いています。

 

「foreground」で描いたのは花の絵です。目の前にあるものを描きたいというシンプルな動機が常にあり、動物や植物、人物のドローイングや細密画を日々描いています。水彩紙に色鉛筆、鉛筆、アクリル、また石膏のように磨き上げた下地には銀筆、色鉛筆、アクリルを使用して描きました。

 

まったく異なる2つのシリーズですが自分が本当は何を見たいのかという点においてどちらも不可欠で、表と裏のようなアプローチだと考えています。例えば生き物の骨格の正確さや造詣の美しさを見て、そこから膨大な時間や命の堆積を思い描くことは私にとってとても自然なことです。距離や時間を越えて行き来する視点というイメージから「遠/近景」という個展のタイトルにつながっています。

 

展示搬入を終えた時はランチの前でそこにまだお料理はありませんでした。親しい人たちを誘って美しいお料理を前にしてこの作品がどのように見えるのかとても楽しみにしています。

 

福室みずほ

 

*********
 

会期は4月27日(土)までです。

福室みずほ作品とお食事を楽しまれてはいかがでしょうか*

 

 

福室みずほ 《 遠 / 近景 》
会期 | 1月7日(月) - 4月27日(土)
会場 | 仏蘭西レストラン「かえりやま」 
住所 | 東京都港区赤坂2-12-11 シャルマン赤坂 1F
TEL | 03-3583-5610
アクセス | 銀座線溜池山王駅 徒歩1分 
定休日 | 日曜日・祝祭日
website | http://french-kaeriyama.com 

【Lunch Time】 11:30〜14:00(L.O 14:00) 
【Dinner Time】 18:00〜21:30(L.O 21:30) 

 

▼展示詳細ページ

http://www.kobochika.com/homepage/html/kaeriyama_20190111.html

 

深川伶華


恵比寿映像祭「ラウンジトーク」

2月19日(火)夕方5:15分から

東京都写真美術館2階のメインロビーで私はMuCuLの佐藤氏と共にラウンジトークに出演しました。

 

 

あいにく、その日は雨で一日中スッキリしない天気。そして、火曜日の夕方とあって私なんかのトークを聴きに来て下さる方がいらっしゃるのか?と心細い。しかし、美術館が用意し整然と並べられている様子が少しずつお客様で埋まっていた。

 

時間になり、東京都写真美術館の堀江さんが私と佐藤氏を紹介下さりトークがスタートした。

先ず、私の簡単な自己紹介に続き佐藤氏の自己紹介があり

本格的なトークが始まった。私は先ずなぜ「恵比寿」を選んだかについてから話をした。

 

 

当時の恵比寿(1980年代末から1990年)の様子を話し

その頃の恵比寿はガーデンプレイスが創立されておらず写真美術館も総合会館でなく仮の施設が1990年に建てられていた。

工房“親”も1990年に立ち上げ1991年から企画展を始めたので東京都写真美術館とほぼ同時期である。

 

東口の駅改札口は人もまばらで線路下の道には屋台なども出店していた。そんな恵比寿が1995年ガーデンプレイスが出来て、東京都写真美術館も立派な総合会館が設立されると、街は一変した。

 

今や住みたい街のランク上位に入ったりグルメの街としても有名になり

オシャレになると同時に東京都写真美術館により文化の香りもしてきた。

 

そんな、恵比寿で工房“親”はどのような所で、どのように変遷したかを述べていく。

 

工房“親”が、所謂画廊と少し違うのは作家と共に新しい文化を創る工房であったり実験的なアートラボでありたいとしている。

早くから、映像作品の紹介や音楽・詩の朗読・パフォーマンスなどのコラボも沢山手掛けた。

 

また、現代アートの企画展示を中心としたギャラリーでも諸事情から、最先端の凄く尖った作品というより

普通の方にも馴染みやすい独自の視点での企画をしている。

 

更に、アートや現代アートの裾野を広げたく「工房便り」という新聞を発刊したり

CHIKA ART FORUMも開催した。そして、現在はCHIKA BLOGを毎週金曜日に更新している。

 

▲工房だより 

 

 

▲アートフォーラム

 

などなど、話を進め約25分が経った。

 

 

その後は、MuCuLの佐藤氏にバトンタッチ。

彼女はMuCuLの前に、メディアワークスを1970年代頃からしていたので

恵比寿の歴史にも詳しく古い写真も用意されていて面白かった。

 

 

時間通り、計1時間のトークは終了した。

翌日、早速電話でトークをきいて「親」の歴史に興味を持った方から問い合わせをいただいた。

 

この度、このような機会を頂き私自身がとても良い経験となった。

 

平成最後の年で、工房親は来年で設立以来30年を迎える。

 

来たる2020年は東京オリンピック パラリンピックが開かれ、それは、又、文化の祭典ともいう。

 

そんな工房親にとっても節目の時に親の歴史やこれから何をすべきかを改めて考える事が出来て大変有意義であった。

 

東京都写真美術館の方々やご静聴下さった方々に感謝申し上げます。更に、東京都写真美術館様にはこれから益々恵比寿を映像の街とし

新しい文化の風をどんどん吹き込んで頂きたいと期待している。

 

工房親

馬場隆子

 


アウェー distance の間

馬場です。

「アウェー : 安西剛 展」は佳境に入っている。会期終了の2月28日(木)まで残りわずか。(月・火 休廊)

 

既にブログで安西剛氏へのインタビュー、そして前回は本展キュレーターの深川雅文氏が2月9日に開催したトークと安西作品について丁寧に解説しアップしている。そこで、私は展覧会を通しての感想を述べる。

 

今回の「アウェー : 安西剛展」では、安西は初めて今まで公開されてこなかった機械部分(キネティックスカルプチャー)を工房親の道路側が全面ガラスになっているので外から観られるよう設置。

 

▲外からの様子 ( 開廊時間中 )

 

閉廊後、道路からは夜も白熱電球が点いてほぼ24時間外からキネティックスカルプチャーを観ることが出来る。

 

▲外からの様子 ( 閉廊後、白熱電球が点く。 )

 

キネティックスカルプチャーは、100均などで安西が購入したカラフルなプラスチック製の物を組み合わせたりして、モーターを付けて動く何の役にも立たない機械やオブジェにした。それらのスカルプチャーはカラフルで動きも不思議で見ているだけで楽しい。

 

ギャラリー内部は薄暗くして、ギャラリー外から見えたキネティックスカルプチャーの「像」がカメラオブスクラの原理で映し出されている。彼がインタビューで展示タイトルを「アウェー (英 : Inaccessibility) 」とし、作品名を "distance" とされた意味がより理解できる仕上がりとなっている。

 

▲CHIKA 会場内 (一部)

 

今回の展示作品 "distance" は1年前のプラザノース(埼玉)での大規模な個展で観ていてブログでも紹介した。(ブログ  3月にみた展覧会についてその時はキネティックスカルプチャー本体は見えなかった。今回機械部分をギャラリー外から見せたり、新作としてミニチュアのオブジェが加わったりと作品の展開が見られる展示でより“distance”という作品の理解が深まった。

 

今回、外側から動くオブジェ達を観て暗い画廊内に入ってくる子供たちは多い。多くは小学校低学年やもっと小さい子供だ。スタッフの深川さんと一緒に鑑賞しながら、何回も来る子もいる。その子たちは、毎回様々な角度で作品を観ていて面白い。ある時、4〜5歳の男の子が窓に顔をつけて見ていて「パパ―、パパー」と呼んでいる。気になって見てみると、パパは10メートル位先のところからベビーカーを引いて立ち止まっている。私はそれに、気づく前に男の子に「中に入って見る?」ときいたがパパが待っていると分かり止めた。しかし、その数分後、ギャラリー内にそのパパとベビーカーと男の子が入ってきた。しかも、何と驚いたことにそのパパが「ワー。面白い、楽しい」と子供と一緒に楽しんで何回も繰り返して内部を回っていた。

 

ある時は、4・5歳くらいの女の子がやはりベビーカーを引いているお母さんと歩いていた女の子が工房親の窓を見て嬉しそうに「アレ何?きれいだけど、どうしてあーしているの?」と、お母さんに質問をすると「ああして、きれいなものを作って見せて売っているのよ」と答えていた。何となく、微笑ましく私も笑ってしまった。

 ともかく、安西剛展は小さい子供からお年寄りの通行人にも興味をもってもらった。更に、プロの美術関係者の方々のご来場の上、高い関心・評価を頂いた。

 

きれいで、親しみやすく、分かりやすい入口で、しかも奥深く、現代から未来への問題を提起し見据えている展示なのだ。

 

本展にあたって、キュレーターの深川雅文氏は分かりやすい解説やキュレータートークにと凄く活躍いただいた。作家の安西剛氏は何日も夜遅くまで設置・その他でギャラリーで制作。また、埼玉からほぼ毎日、工房親に来て下さる努力を惜しまなかった。彼は展覧会終了後、すぐにドイツのワイマールにアーティストレジデンス参加で日本を発つ。深川雅文氏には、益々キュレーターとして活躍いただき若い作家を励まして、的確な評論で日本のアートに貢献して頂きたい。

 

安西剛氏には、日本の美術館での展示・更に国際的に活躍していってほしいと願っている。

 

 

「アウェー : 安西 剛 展」

会期:2月3日(日)-2月28日(木)
OPEN 12:00  CLOSED 19:00
※日曜・最終日 18:00 まで
休廊 月・火・2/11

 

▽展示専用ページ

http://www.kobochika.com/homepage/html/exhibition_20190203.html

 

 

馬場隆子


「アウェー: 安西剛」展 トーク報告

2月9日(土)に、作家 安西剛と 本展キュレーター 深川雅文によるトークを開催いたしました。

今回のブログでは、深川雅文氏にトークを終えての備忘録として、安西剛のこれまでの仕事等を寄稿いただきましたので紹介いたします。

 

トーク当日、都心は雪模様ということもあり色々と心配ではありましたが、多くの方がトークにご来場下さりありがとうございました。当日、ご来場いただけなかった方も今回のブログより安西剛作品について触れ、展示作品 “distance” をご覧いただけますと幸いです。展示は、2月28日(木)まで ※月・火 休み ご来場お待ちしております。 ( 展示詳細ページはコチラ )

 

▼最新情報

2月24日(日) 15:00 - 15:30 本展キュレーター深川雅文氏によるキュレータートークを急遽開催いたします。会場内で皆さんと作品を観ながら解説等いたします。こちらも合わせてご来場お待ちしております。( 申し込み不要 / 無料 )

 

――――――

 

「アウェー: 安西剛」展 トーク ( 2019年2月9日 ) 備忘録 

 

  先日、開催した安西剛とのトークショーは、本展のキュレーターである筆者にとっても、作家活動を本格化した2013年からほぼ6年間の短い年月の中で、一貫して多様な作品を展開してきた安西の仕事を全体として考える好機となり、重要な気づきのある興味深いものとなった。それらのいくつかを、備忘録として記しておきたい。

 

1. 原点 「剃毛思想プロジェクト」2005

 

 

   安西の作品の出発点となった「剃毛思想プロジェクト」( 2005 ) は、最初の作品であるがゆえに作家の発想の原点を鮮明に示している。人が入ることができるサイズの箱型の展示台上面に、50センチくらいの穴が穿たれ、そこから人間の頭部が突き出している。来場者は、その頭髪を安全カミソリで剃ることができる。箱と穴、そして頭部のみで構成されたシンプルな作品である。穴から出ている頭部を見るだけでは、その中に何が潜んでいるのかもわからない。毛髪が植えられたオブジェが置かれているという見え方もするので、実際に実物に触れ、作家の指示に従って剃毛という行為でその物に関わる瞬間、それが頭髪のオブジェではなく生身の人間の頭であることに気づき、箱の中に何物かが潜んでいることを察して、驚いて尻込みする人もいた。

   この箱は、剃毛者に箱の中の存在に気づかせる装置であり、その未知の存在と鑑賞者を媒介するメディアに他ならない。この箱=カメラ (ラテン語で「箱」)は、まさに、ブラック・ボックス ( カメラ・オブスクラ=暗い箱 )であり、レンズは取り付けられておらず光学的な装置としては使われていないが、この装置によって隠されたものが披瀝され、体験者はその突然の現れに驚き、楽しみ、感じるという体験は、光学的装置としてのカメラ・オブスクラに通暁するものである。

   装置により人々を巻き込み、その人々との視覚的ないし身体的なコミュニケーションを作品体験の核心とするという安西作品の萌芽が強く現れているのは特筆すべきであろう。安西は、最初の作品なので右も左も分からず無我夢中で文字通り「体を張って」行ったと語っている。その後の安西作品に通奏低音のように流れている緊張感とそこからの解放感の往来がここにも感じられる。

 

2.  キネティック・”プラスチック”・スカルプチャー 2006-2014

 

 プラスチック素材で作られた身近な日用品を造形の材料として、モータードライブで動く彫刻にするという、安西流のキネティック・スカルプチャーの発想も、学生時代の2006年にすでに生まれている(une-une -kun)。

 

une-une-kun

2006
Machine
Bird prevention mat, DC motor, Tape measure, Infrared sensor, etc

 

その後、ヴァリエーションを増やし、それらが設置されて動きを見せる空間インスタレーションに成長していった (Stop MAKE-ing Machine 2010-11)。

 

Stop MAKE-ing Machine
2010-11
日用品、モーター、テープ、ウェブサイト、他

 

   これらの装置は、機械仕掛けでありながら、元来機械装置に求められる定かな目的の実現のための定常的な運動を見せることはない。安西が生み出す無目的で無意味なマシンたちは、日常性を逸脱した不可思議で時に可笑しみのある動きを見せる。機械的な動きから逸脱し、何か生物的なアニマすら感じさせる瞬間、見る者は新鮮な驚きを覚える。20世紀の美術の歴史を振り返ると、未来派は、機械(マシン)の美を賞揚し、テクノロジーを芸術の世界に招き入れた。その後、構成主義やバウハウスの運動の中で、アートとテクノロジーの可能性が追求されていった。

    安西の作品は、遥か昔のこうした動向にもリンクしているが、そのテイストは全くと言っていいほど異なる。過去のモダニズムは、機械と言うと、金属やコンクリートといった堅固な素材と不可欠であったが、安西のマシンはプラスチックというフニャフニャとした素材から成り、硬質では無く軟質である。逆に、安西は、プラスチックの可塑性を、自らの作品の武器として、不思議な装置作りに邁進する。運動する機械的彫刻作品と言うと、例えば、スイスの作家、ジャン・ティンゲリーの作品を思い出す人もいるだろう。しかし、ティンゲリーのキネティック・スカルプチャーは金属の装置であり、モダニズムの残滓を感じさせる点で、安西のマシンとは異なる。

   安西は、日用品と言う誰にも身近な材料を利用して、さらに一歩進み、キネティック・スカルプチャーの制作を自らが作家として制作する作品に留めず、自らを指示書を与える人間の位置に置いて、ワークショップで一般の参加者がその指示によって自由に制作して造形のフィールドを切り開くような場所を許容した(Encounter with Doppelgaenger 2014)。

 

Encounter with Doppelgänger

2014

日用品、モーター、テープ、指示書、映像、他

 

 

   ワークショップから生まれたスカルプチャーは、いわば、自らの作品の影武者 (Doppelgaenger) である。外部者を巻き込むことで、モダニズムが引きずっていた唯一無二の作家性と言う堅固な砦を軽やかに爆破し、作品の主体のゆらぎの場の創出そのものを作品化しているのである。

 指示書による創作というやり方は、メディアアートのパイオニアでもあるラースロー・モホイ=ナジのある作品を思い起こさせる。「電話絵画」(1923年)と名付けられた作品は、電話という通信メディアを介して、色彩や形の対応表を用いて、遠隔地にいる制作の技師に作家が指示を行い、作家の手業を排して絵画を制作するというものであった。この指示は厳格なもので、その点において、安西の指示書のアートとは大きく異なる。安西の指示書は、いわばソフトウエアとしての指示書であり、そのアプリケーションは指示された者の創意や想像を排することなく、他者の自由意志に委ねられる。どのようなスカルプチャーが生まれるのかについては、指示者の安西にも予見できない。とはいえ、ソフトウエアの創出者として、安西はその表現の場を緩く抱え込んでいるのだ。

 

3. ノイズ・スカルプチャーとしての音の位相

 

   安西剛は、東京藝術大学の音楽学部を卒業しているが、音楽家として活動することはなかった。にも関わらず、その作品には、音の要素が不可欠である。安西のキネティック・スカルプチャーは、動き始めると様々な音を発し始める。多数のキネティック・スカルプチャーが置かれた空間からは、喧騒というべき音の風景が生まれる。その様子を見ていると、未来派の芸術家、ルイジ・ルッソロの騒音音楽装置「イントナルモーリ」(1913年)を思い出した。街を自動車が走り、空を飛行機が飛ぶ、群衆が闊歩する、20世紀初頭の喧騒な都市のダイナミズムを、音という側面から表現した作品である。

   とはいえ、安西の作品では、未来派の作品に満ちた機械の美への賞賛は皆無である。むしろ、機械的な文化を遥か過去のものとした浮遊感に満ちている。キネティック・スカルプチャーがそれぞれの構造上、発する固有の音をそのまま発生させているが、そのノイズは、「イントナルモーリ」の騒音より、むしろ、マルセル・デュシャンの最初のレディー・メイド作品「自転車の車輪」(1913)の車輪を実際に回した時に生じるチャリチャリという擦過音に近いのかもしれない。

 「アウェー」展の会場では、定められたインターバルの後に、キネティック・スカルプチャーたちは、動き出し、ランダムに固有の音を発生する。彼らが発する音は、観客たちに向けての訳の分からない呼びかけであり叫びである。その音は、その意味でも、キネティック・スカルプチャーにアニマ的な存在感を帯びさせている。

 

4. キネティック・スカルプチャー × カメラ・オブスクラ

 

distance from an2ai on Vimeo.

 

 

  安西が、2016年に始めた「distance」のシリーズは、キネティック・スカルプチャーをもう一つ別の装置「カメラ・オブスクラ」に接合した作品である。カメラ・オブスクラの装置を介して、キネティック・スカルプチャーの動きがアニメーションの映像としてスクリーンに投影される。最初の「distance」は、外界をカメラ・オブスクラを通してスクリーンに映し出すという機能を、いわば、「反転」させ、カメラ・オブスクラの箱の中にキネティック・スカルプチャーを閉じ込めて、その映像をカメラ・オブスクラのレンズを通して外にプロジェクションさせている。

 この発想は、備忘録の冒頭に触れた「剃毛思想プロジェクト」( 2005 ) の箱に穴を開けて出された頭の存在と重なり合っている。映し出されたモノを、私たちは見ているが、それが一体何なのかはブラックボックスに入ったままである。映像が世界を私たちに近づけるという神話は、今もしたたかに生き続けているが、それを鵜呑みにすることはできない。

    カメラ・オブスクラとそこから生まれた「写真」というメディアは、映像による世界理解を強力に推し進めてきた。しかし、映し出された映像や画像は、必ずしも真の世界を映し出すものではない。20世紀フォトジャーナリズムの「決定的瞬間」を捉えたとされた、ロバート・キャパの写真「倒れる兵士」は、戦後の調査で「倒れたが、死んでなかった」ということが判明している。9.11でリアルタイムにテレビで目の当たりにしたジェット旅客機のビルへの突入映像は、それが何を意味するのかについては私たちを暗闇の洞窟に閉じ込るばかりだ。プラトンの洞窟は、21世紀に入っても、そこかしこに偏在している。あなたが今、手にしている、そのスマートフォンにも。

   今回の安西の展示は、追いかけても追いかけても掴まらずに、手からこぼれ落ちていく世界の残像の装置の隠喩でもあるのだ。スマートフォン、監視カメラ、ドローンカメラ、IoTのカメラ…世界を覆い尽くすカメラの眼は、今や、世界の総人口の数より多いのかもしれない。それらの全てにカメラ・オブスクラの構造が仕組まれている。映像メディアの原点、カメラ・オブスクラの存在に、私たちは日常的にはほとんど気づいていない。無意識に浸透されたカメラ・オブスクラが私たちの世界に偏在していることを、私たちは少し意識すべきかもしれない。そこから生まれ、社会に流通する画像・映像が、今後、AIなどのハイテクノロジーによって、高度にコントロールされようとしている (いや、すでにコントロールされている) のであれば、尚更のことである。

 キネティック・スカルプチャーが何なのかという存在論的な問いが、カメラ・オブスクラという装置に掛け合わされることで、世界のメディア論的な問いへと拡張している。ここに、安西の作品の新たな問いかけの地平を見ることができるのではないか。

 

深川雅文

 

 

――――――

 

 

企画展 |アウェー : 安西 剛 展
 Tsuyoshi ANZAI Exhibition "Inaccessibility"

会期:2月3日(日)-2月28日(木)
 OPEN 12:00  CLOSED 19:00
 ※日曜・最終日 18:00 まで
 休廊 月・火・2/11

 

■関連イベント■
 2月24日(日)
 キュレータートーク 深川雅文
 15:00-15:30
 ※申し込み不要 / 無料

 

▼展示詳細ページ

http://www.kobochika.com/homepage/html/exhibition_20190203.html

 


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