都市を遊歩し、採集する写真家

今回の展示作家、相模智之は、本展のパンレットにこう記している。

 

「私は、ライフワークとして、横浜(Y)、川崎(K)、東京(T)、その他近郊(O)で、戦後間も無く建てられ、現在も生活可能な建築物、或いは、その周辺の人々の営みの痕跡を撮っている。」都市の街路に入り込み、やや時代がかった、目立つこともなく何気なく存在する建物たちの外観とその内部に入り込んでカラーで撮影した内観とが、縦位置の小ぶりの複数の写真でグリッド型を組んで規則正しく展示されている。この写真家の仕事をいかに理解すべきか?

 

 

先日行った作家とのトークショーは、その鍵を探し出す小さな旅であった。

 

 

 

その鍵の一つとして、相模は、写真学生時代のスナップのカラー写真をいくつか取り出して見せてくれた。歩く人を後追いするようにして背後から捉えた写真(1)、駐車場に停められた車の写真、やや下からのアングルで捉えた日本家屋のある写真…撮っているものの種類はバラバラであるが、全体として、色彩や色調のあり方に目を配りながら撮影した街路風景と言っていい写真である。色彩や色調で、目の前の風景を再構成するという言い方もできるかもしれない。愛知県の地方都市に育った相模にとって、東京とその近郊の街は、いたるところに目を奪う光景が満ちていた。その魅惑に誘われるようにして、街を撮っていた。

 

(1) 2008 横須賀

 

写真における色彩のあり方へのこだわりは、作家を大胆な旅へと突き動かした。20142月、相模は、思い立って、アメリカの伝説的なカラー写真のパイオニア、ウィリアム・エグルストン(1939年生まれ)をその故郷、テネシー州メンフィスに訪れることにした。エグルストンは、1970年代、モノクロ写真がまだアーティスティックな写真表現で全盛の時期に、独自な色調と構図のスナップショットでカラー写真の新たな可能性を切り開いた。ニューヨークMoMAの写真部門のキュレーター、ジョン・シャカフスキーは、1976年、エグルストンの写真展「William Eggleston's Guide」を企画し、MoMAで初めてのカラー写真による作家の展覧会を行なった。それ以降、カラーでの新たな写真表現に注目して、1981年にキュレーターのサリー・オークレアが企画した展覧会「The New Color Photography」が開催され、同名の写真集が出版された。「ニュー・カラー」という言葉は日本の写真でも注目された。エグルストンは、この動向の中心人物として、写真家たちに大きな影響を与えた。

 

写真学生時代の相模も例外ではなかった。東京綜合写真専門学校の図書室で写真集『William Eggleston’s Guide』に出会い、惹きつけられた。そのエグルストンの写真の秘密を、実際に、現地に赴き、いわばエグルストンに「倣いて」写真を撮影してみたいというのがメンフィス訪問の目的で、エグルストンの写真集に出てくるのと同じ場所を訪れてレンズを向けている(2)。そうして撮った「倣いて」の写真は、エグルストンの写真を実体験し理解するためのいわば「習作」であった。この作業を通して見えてきたのは、エグルストンの写真の成り立ちは極めてシンプルであるが、決して真似のできない天才的な技であるということであった。相模は、幸い、エグルストンに会うことができ、部屋を訪ねて話をすることもできた。エグルストンへの想いは、今回展示されているBehind Closed Doorsの153点の作品の中にも、建物の部分部分の色の使い方、色のコンビネーションなどの細部を丹念に拾い上げる写真が少なくなく、所々に見受けることができる。

 

(2) 2014 メンフィス

 

一点一点の写真の中に、エグルストンに触発された色彩による魔術的なコンポジションという感覚を発揮しつつも、撮っている被写体は、エグルストンとはかなり趣を異にする日本のドメスティックな都市風景である。相模の写真行為に最も特筆すべきは、その集積の度合いである。都市の断片を最終し続ける時間の蓄積の長さと撮影した写真の量の分厚さは圧倒的である。この点では、相模は、都市の光景の自由で執拗な採集者としての写真家の真性な系譜に連なる作家と言えるだろう。

 

その系譜を辿ることは、相模の写真の意味と独自性を理解する上で有効な鍵であるはずだ。そこで、二人と一組の写真の巨人の仕事をプロジェクターで見せて紹介しながら、トークを進めた。

 

1.ウジェーヌ・アジェ パリを中心に、その都市のディテールを大型カメラで採集し続けたアジェの仕事は、他の依頼者からではなく、自らの意志で都市内部を撮り続けた写真家のパイオニアであり、作家として自立した写真家の意識のあり方は、20世紀の都市写真家たちの原点と言っていいだろう。モンパルナス近郊のカンパーニュ・プルミエ通りに面したアジェが住んでいたアパートの側壁につけられたプレートにはこう記されている。「近代写真の父、ウジェーヌ・アジェがこの建物に住んでいました」、と。人気のないアジェの都市光景は、ヴァルター・ベンヤミンをして、アジェは、パリを「犯行現場でも撮るかのように」撮影したとしたためさせた。相模の都市風景にも、人間の姿は皆無である。皆無でありながらも、その光景のディテールには人の気を感じることもできる。アジェは、自らの撮影の被写体を、完璧に体系的に組み立てたとまでは言えないが、撮られたものの中には、シリーズとして採集し続けられたものが多い。例えば、店の軒先、建物内の階段、物売り、などである。それらは、比較のコンテクストを広げている点で、後世のモダニズムの都市写真家たちに大きな指標となった。パリ滞在時代に、アジェのことを知ったアメリカの写真家、ウォーカー・エヴァンズは、その方法を帰国後、アメリカの都市で展開させ、アジェの精神を伝えた。比較のコンテクストを写真で広げるという方法は、20世紀ドイツの人の写真家と一組の写真ユニットによって、さらなる展開を見る。

 

2.アウグスト・ザンダー 第一次世界大戦の敗戦後にドイツで誕生したワイマール共和国を構成する様々な職業人や構成員のポートレートを縦横無尽に撮り続けて採集し、「時代の顔」としてまとめたアウグスト・ザンダーは、都市ではなく人を対象としたが、比較のコンテクストを生み出すというアジェの写真の精神を引き継ぎ、大きく飛躍させた。人々の姿を通して、時代そして国家の姿をあぶり出すという、ザンダーの挑戦的な仕事は、ヒトラー率いるナチスが政権を奪取した後、その写真の暴露力に怖れをなしたナチスによって弾圧を受け、戦中のザンダーは失意の時を過ごすことになった。

 

3. ベルント&ヒラ・ベッヒャー 第二次世界大戦終了後、1950年代に入り、写真表現の領域に比較のコンテクストを形成することを方法論、タイポロジーとして完成させたのが、ドイツの写真芸術家夫妻、ベルント&ヒラ・ベッヒャーである。給水塔、石炭採掘塔、石炭庫、ガスタンク、溶鉱炉など近代から現代にかけて構築された産業構造物(彼らはそれらを「匿名的な彫刻」とも称する)やドイツ独特の木組みの家などを、二人で大型カメラで撮影・採集し続け、それらは、単独の写真で展示することもあるが、多くの場合、一つの種類(タイプ)の被写体の複数の写真をグリッド状に組んで展示するのを特徴としている。彼らは、この展示の形で、個々の撮影内容を比較できるコンテクストを作り出す。

「比較」というが、さらに言えば、ベッヒャーの場合は「極めて厳密な比較」という形容がふさわしい。というのは、彼らは、厳密な比較ができるように、被写体を捉える角度を厳格に守っているからである。正面性は、概念通りの「正面」であり、側面はその正面から正確に90度の角度である、という具合に。この正確性のために、厳密な意味での比較が可能となっているのだ。厳密な意味での「タイポロジー」がベッヒャー夫妻の写真の核心にある。

 

再び、相模のBehind Closed Doorsの作品に戻ろう(3)。ギャラリーに足を踏み入れた人は、グリッド形に組まれた写真を目にして、ベッヒャー的なタイポロジーを思い浮かべるかもしれない。しかし、近づいてよく見ると、ベッヒャー的な厳密な比較のタイポロジーではないことに気づくだろう。一つの同じ種類の被写体が並べられているのは一組だけで、それ以外は、いくつかの種類の被写体が組み合わされている。グリッド状で比較のコンテクストは保たれながらも、採集された都市の断片が、緩やかな形で配置され、様々な抜け道が用意されている。見る者は、自由に、その駒を渡っていくことで、個別のビジョンを全体へと紡ぐ道を進んでいくことができるはずである。全体としては、否応がなく、日本の街の質感を捉えている。アジェのパリがその場所固有の街の質感を伝えてくるのと同じように、である。相模の作品は、都市の写真の歴史の本流に連なりつつ、現代に生きる写真家として、モダニズムの写真を超える抜け道を暗示している。

 

(3) Series [荘] 2008〜2015 より

 

相模のカラーの作品は、流行りのインスタのような「映え」に決然と背を向けている。普段の意識には「見えない」世界を披瀝し、そこにあるかもしれないリアルへの隙間をさりげなくこじ開ける写真の真の力を示しているのだ。

 

 

深川雅文


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  • 2018.12.14 Friday
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