2017年最後のブログ「運慶」

今年も大晦日まであと2日となり、1年を振り返ると様々な場所で数々の展覧会が行われた。

 

特に話題の大きかったものの一つに「運慶」展があると思う。

ブログの読者から運慶展の感想が寄せられたので2017年の締めくくりとして紹介する。

 

 

 

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上野で”運慶”特別展を観る 興福寺中金堂再建記念特別展として、“運慶”仏像の全貌を見られる企画展が、昨日から始まった。

運慶という仏師の名前を初めて記憶したのは中学時代。その写実性と精神的な深さによる新たな佛教芸術を作出したと教えられたように思う。 

現存する作品の八割を展示するとの説明なので、この機会を逃すてはない、と出かけた。

仏教関連作品に日ごろから接することもないので、会場に入ると、ただこれがあの著名な作者の作品なのかと、まず観ていた。

出品目録をたどると、仏像展示に多い阿弥陀仏はただ一つのみで、大日如来が多いのに気が付く。これは運慶が生きた時代の反映に他あるまい。

日本彫刻史上で屈指の名匠といわれる定朝が活躍したのが平安中期で、藤原一族や宮廷につかえながら、いわゆるふっくらとした体躯を特徴とする定朝様式を完成させていた。上層階級の阿弥陀仏信仰を受けて作品を作っていた。

 

 

 

運慶が世に出たのは平安の終わりから鎌倉の初期。時代は平家と源氏の乱世で、信仰も密教に傾き、さらに鎌倉仏教の萌芽も出だすころ。蠢く時代に求められるのは、その時代を切り裂く武家社会の要求だったはずだ。

運慶佛で国宝に指定されるのは奈良、円成寺、の“大日如来坐像”であり静岡、願成就院の“毘沙門天立像”、さらには興福寺のインド高僧を写すとされる“菩薩立像二体”が目だつ。これ等作品を集中的に眺めると、そこには運慶が目指した写実性が浮かんでいる。

ただ、インドの高僧とされるにしては、運慶はインド人を観察する機会もなかったのだろう、この仏像二体共にそこにあるのは、日本人あるいは中国人の相貌をした人物像だ。作品の優劣で見ると、“毘沙門立像”が際立っている。張り詰めた相貌には肉体の力強さが溢れ、この仏に願いを唱えた武士たちの心意気を受け止める。

“大日如来坐像”は仏師、運慶が心した密教の中心本尊の姿であり、密教の諸仏、諸菩薩はこの如来から出たとされる説を如何様に解したかという事。となれば彫刻作品として如何様なものかが鑑賞前提となる。

この仏像は運慶20代デビュー作とされるので、運慶のその後の成長を図る基準点となる作品となり、それだけでも国宝に指定される価値はあるのだろう。

一時代前の定朝様式との比較で、運慶を見れば、動きを巧みに表現する能力に優れた仏師だった。同時代の彫刻作品を世界的にさらに探せば、パリのノートルダム教会が建造され、シャルトルの大教会も引き継いで作られる時期だ。これら教会を飾る彫刻を思い出しても、そこには運慶ほどリアリズムに富む作品はない。それらは後のルネッサンス時代を待つことになる。

それだけでも運慶は世界的にも極めて優れた革新性に富む彫刻家だったと、日本の誇りになる人物とこの特別展は告げている。その後の日本彫刻が勢いを失い、停滞するのは仏教が停滞することの反映だ。さらには宗教から離れて彫刻を作る方向に向かわなかった日本がある。

運慶が開いた道を継承し、さらなる進路へと向かわなかった日本芸術のひ弱い精神も惜しまれる。この天才、運慶は多くの事を教えてくれる。仏教史に造詣の深い諸兄には見逃せない展覧会だ。

 

G.B

 

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2017年も工房親の企画に関わってくださった全ての方々に心からのお礼を申し上げます。

また画廊外でのLOOPの展示や全音さんでの展示、かえりやまでの展示、その他で多くの方に今年もお世話になりました。

そして身近にいて常に私を支えてくださった方々に感謝!

 

どうぞみなさま良い御年をお迎えください。

 

馬場隆子


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  • 2018.12.14 Friday
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  • 09:53
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