パリ便り - フランスとロシアの友好 -

先日、とある住宅街をいていたら、どこからか金木犀の香りがしてきた。また空を見上げればウロコ雲。今年も何のかんの言われながらも夏が過ぎ、秋がたことを感じる。

 

今日ご紹介のパリ便りは東京がまだまだ暑かった8月にいたいつもの友人からのものだ。

 

 

 

***

 

フランスとロシアの友好

 

史建造物が連なるセヌの河沿いに、ある日、東方教会の五つの丸屋根を見ると誰が想像しただろう。エッフェル塔の足元にあたらしい時代がはじまる・・・

 

 

10年間の紆余曲折を突破してロシア正教会が完成した。コンクルで選ばれた大胆な設計はパリ市長の抗議で却下され ⋆⋆ヴィルモットの案が採用された。外壁全面をブルゴニュ産の白い石で蔽い、丸屋根は金の燦然たる輝きを抑えて白金の艶消しにしてある。イコンが壁にならぶ敬虔な堂は外光が差しこみ予想外に明るい。ロシアスピリチュアルカルチャセンタも設立され、ロシア語がべる。その落成式に予定のロシア首の姿がなかったのは、外交政策に絡んで両国間が緊迫態にったまま式の日を迎えたからである。

 

「大帝ピョル訪三百年記念展」 2017年5月―9

 

五月に新政足すると間を入れず、マクロン大統領はプチン大統領をヴェルサイユ宮殿に招いた。ピョトル大帝の訪三百年記念展にかけてである。モスクワの古ロシアに背を向け西文明に惹かれた大帝は、長期の州視察旅行を行い、ペテルブルグを建設した。1717年には、再度の視察で仏国に二か月を過ごす。 5月に幼い王と謁見、太陽王の宮殿は二回訪れてトリアノンに在している。展覧会は、ピョトルの興味が華麗な王侯貴族社より建築、運河噴水のある造園技術、ゴブラン織工場、科などにあったことを語っている。

 

 

離宮 グランドトリアノン

 

城や宮殿を誇った君主家は革命と共に消え去り、両国は共和となった。新ロシア正教会と隣接して、アフリカ/オセアニア芸術のケブランリー・ジャックシラック美術館が草木の深いの中にある。 岸にはいまやすっかり街に溶けこんだミッテラン大統領のルブルピラミッドやポンピド大統領のポンピドセンタが悠然と構えている。いずれも首した文化へのわりの証言である。

 

離宮と大運河を結ぶ並木道

 

パリにはすでに19世紀に建てられた史建造物のロシア正教会がある。

⋆⋆ジャンミッシェル ヴィルモットは東京文化村の建築デザイン家。

 

Y

 

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日前に上野動物園の赤ちゃんパンダに「香香」という名前がついた。

香香はとても可愛い。まさにおもちゃの人形のようだ。

国内外で辟易とするニュスが多い中で何度見ても良い。

スポツ、アトなどの文化、動植物での際交流は全く政治とはかけ離れていないとしても大いにしてゆきたいと思う。

のパンダ外交はまさに中人らしい商上手な外交だ。

またフランスも上手にア、文化をり物にしている。

日本ももっとアト、文化を活用してゆけないものかと思う。

 

馬場隆子


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  • 2017.12.08 Friday
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